現代社会では、絶えず情報を処理し、新たな知識を吸収することが求められます。この継続的な思考のプロセスは、私たちの生活に密接に結びついていますが、それがもたらす影響は必ずしも肯定的なものだけではありません。思考過多が私たちの身体性に与える影響と、それに対する適切なバランスを見つける方法について探求してみましょう。
意識的な思考の影響:
自然発生的な思考の影響:
<aside> 💡 これは自身の感覚の話ですが、意識的に思考をするという行為は大なり小なり身体性を損なわせます。それがいいか悪いかという話というより長期的にその状態であると身体の調子が悪くなります。
普段自身はいわゆるフローやゾーンに近い状態で自分として過ごしています。なので自然発生的な思考や自分がやり慣れたことや状況について一々意識的に思考をしません。故に身体性を限りなく維持しながら快適に過ごしてます。
ただ、意識的思考をする瞬間というのはあり、それらをやろうとすると非常に力が入ります。物理的に。それとリラックスした身体性というのは相反した状態であるのでどうにも両立はできそうにありません。過度の思考はまだ人類には早すぎるのかもしれないですね。100万年後くらいには超思考猫背人間とかいるのかもしれないですね。
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意識的な思考と学習の繰り返し:
身体性の優先順位:
<aside> 💡 現代社会はまぁ意識的に思考することを常に求めてくるし、それがいいことだとしてる節がある。そのおかげで出来ていることもあるが、そうすると身体性は損なわれるんですね。意識的学習というのは身体には良くない。
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<aside> 💡 この辺は個々の問題にかかわってくるので、己が道を行けばよいと思いますが、苦しいのならバランスとってみるのも良いかもですねというお話ですね。
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思考過多という現象は、それ自体が問題ではなく、むしろ重要なのは、個人の身体性との調和をどのように保つかという点です。意識的な思考と自然発生的な思考の間で健全なバランスを見つけることが、心身の健康を保つ鍵となります。このバランスを見つける旅は、自己認識と自己受容への道とも言えるでしょう。
ここまで読んでいただきありがとうございました。